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50人殺した!でかしたぞ!(06 April 2005)

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2005年4月4日のホワイトハウスでのセレモニーにおいて、ポール・レイ・スミス軍曹(=ファースト・クラス・サージェント)(Sgt. 1st Class Paul Ray Smith)が、死後、名誉勲章を受けることになった。the White House Presentationが出たあとに、公的な文面が入手可能となる。


これが冗談だと思われた場合には、下記をどうぞ。


昨日、ブッシュ大統領は、陸軍軍曹(=サージェント・ファースト・クラス)のポール・レイ・スミスに名誉勲章を授けた。この兵士がひとりで(single-handedly)50人ものイラク人反乱者を殺し、100人以上のアメリカ人の命を救ってから、この日はちょうど2年にあたる。


彼は100人の「アメリカ人」の命を救った!
彼は50人のイラク人反乱者を殺した! 腕一本で!
ばかげたハリウッド映画みたいに聞こえるけど、待って、もっとよくなるから……

2年前の今日、スミス軍曹は仲間たちのために全力を捧げつくしました」と大統領は述べた。「その5日後、バグダードは陥落し、イラクの人々は解放されました。そして今日、私たちはここに、テロとの戦争における最初の名誉勲章を、スミス軍曹に捧げます」とブッシュ大統領はイースト・ルームでのセレモニーで述べた。


へへへへへ!
誰かブッシュ氏とワシントンタイムズ紙に言ってやってくれないか。バグダードの陥落前にはイラク人のことを「反乱者」とは呼んでなかっただろうって。

でもまあ別にどうってことないけどね。どうせイラク人はイラク人、「アメリカ人」でない以上はどうだっていいじゃん、みたいな。

ところで、似てるような気がするのは僕だけでしょうか、それともあなたもそう思いますか……。

【“50人殺した!でかしたぞ!(06 April 2005)”の続きを読む】

アブデル・マハディ、アル=ヤワル、そしてタラバニ (05 April 2005)


*訳注:写真は左から、タラバニ、アル=ヤワル、マハディの各氏。

イラクからのニュースによると、明日タラバニが大統領に選ばれるらしい。副大統領はアディル・アブデル=マハディとガジ・アル=ヤワル。

ジャラル・タラバニ(JALAL TALABANI):スンニ派クルド人で、北部の大きなクルド2政党のうちのひとつ、クルディスタン愛国同盟(Patriotic Union of Kurdistan)のリーダー。1934年生まれ。10代のときにクルディスタン民主党(Kurdistan Democratic Party)に加わり、1975年にPUKを設立。タラバニとKDP党首のマスード・バルザニは、選挙では連合を組んで「クルディッシュ連合のリスト」として立候補した。

ガジ・アル=ヤワル(GHAZI AL-YAWER):シーア派のクランも含み、ペルシャ湾地方で最大の部族であるシャンマー族(Shammar tribe)の勢力のあるスンニ派メンバー。モスル生まれの土木技術者で、45歳。サウジアラビアと米国のジョージワシントン大学に学んだ。イラク人の党(Iraqis Party)を率いている。

アディル・アブデル=マハディ(ADIL ABDUL-MAHDI):イラクの元財務大臣で、シーア派のSCIRIの主導的政治家。1942年生まれ。王政時代のイラクの閣僚であった人望のあついシーア派聖職者の息子で、フランスで教育を受けている。United Iraqi Allianceで立候補した。

首相についてはまだ何も聞きません。

Posted by: Raed Jarrar / 10:39 PM

-- original post: Abdel-Mahdi, Al-Yawar, and Talbani, 04 April 2005
【“アブデル・マハディ、アル=ヤワル、そしてタラバニ (05 April 2005)”の続きを読む】

ブッカ刑務所で暴動:嘘つきはだ~れ、再び (04 April 2005)


イラクの刑務所の門の鍵。イラク南部に位置する米国が運営する収容キャンプの囚人たちが、4月1日に暴動を起こした。米軍はこの件を否定していたが、国際赤十字委員会がこれを事実と確認した。

4月1日にキャンプ・ブッカで暴動が発生した。国際赤十字委員会の代表団が、当日、定例の囚人訪問で現場に居合わせており、現在詳しい状況を確認中である」と、国際赤十字委員会のバグダード代表団のチーフであるクリストフ・ベネイ氏は述べた。

これより先に、……な聖職者であるムクタダ・サドル師の運動の代表者が、キャンプ・ブッカでは金曜日に被拘束者の一部が暴動を起こしたことを明らかにしていた。暴動を起こした被拘束者のうちのひとりが、医学的手当てを受けることを拒まれていた。

サドル師の運動の代表者は、米兵はゴム弾を使って暴動を抑え、人数ははっきりしないが、被収容者を負傷させたとして厳しく非難した。


しかし米軍がそれについて訊かれると……。
サドル師の運動の説明についての質問を受け、イラクにおける米国運営の収容施設のスポークスマンであるガイ・ラディシル中佐は、そのような出来事すなわち暴動があったとはまったく知らないと答えた。

囚人の虐待の報告は一切ありませんし」と同中佐はAFPに語った。「そのようなことはそこでは一切起きていませんが。医学的ケアを受けられない人も誰もいませんが。


ところで、こんな薄汚い拷問の巣窟がどうしてブッカという名前なのかということですけど……

米軍は、2001年9月11日のニューヨークのWTCへの攻撃で死亡した消防士にちなんで名づけられたキャンプ・ブッカを、拡張拡充し、アブ・グレイブに収容されている者を含め、最も重い違法行為者を収容する長期収容施設にしたいという思惑がある。


ブッカさんが気の毒だ。過激派に殺されて、死後名前を過激派犯罪者に利用されるなんて。
Posted by: Raed Jarrar / 10:50 PM

-- original post: Riots in Bucca Prison: Guess Who's Lying, Again, 04 April 2005

平和のためのゴミ (04 April 2005)



イスラエルの私営企業が大量のゴミを、パレスチナの土地である西岸に運んで棄てる計画をしている、と、月曜日(4日)にイスラエルの日刊紙ハアレツが報じた。

この廃棄物業者は、毎月およそ1万トンのゴミをイスラエルの中心部、ダンおよびシャロン地方から、西岸で最も大きな採石場であった旧名アブ・シューシャ(Abu Shusha)に運んで棄てる計画である、と記事は述べている。
イスラエル政府はまだこの計画を承認していない。

この採石場はケドゥニム入植地とパレスチナ管理下のナブルスの間に位置しており、専門家は、ここにゴミを投棄することはパレスチナの水資源を汚染することになると警告している。


パレスチナ人を殺せ、奴らの土地を奪え、水に毒を入れろ、そうすればブッシュたんから平和賞がもらえるよ。

Posted by: Raed Jarrar / 10:35 PM

-- original post: Garbage For Peace, 04 April 2005
【“平和のためのゴミ (04 April 2005)”の続きを読む】

ジェニンの殺戮から3年 (03 April 2005)



2002年3月29日から4月13日の西岸地区パレスチナの領土内におけるイスラエル軍の残忍極まりない作戦で、イスラエル占領軍は数百人のパレスチナ人を殺す殺戮を行なった。当初、死者数は男女子ども合わせて500を超えていると推定されていた。



UNRWAは、イスラエル当局の妨害によりレスキューチームがキャンプに入れず、そのため人々を瓦礫の下から救出することができなかった、と宣言している。ジェニン難民キャンプの人々は、家屋の瓦礫の下から助けを求める声を聞いたが、助けることができなかったと言っている。情報筋によると、イスラエル軍はこのキャンプを瓦礫の山にしてしまったという。また、UNRWAはイスラエル軍に対し、キャンプ内に入って瓦礫の下でまだ生存している7名を助ける許可をと強く要請した。ジェニン難民キャンプでのUNRWAの活動の責任者であるリチャード・クックは、イスラエル軍が出した夜間外出禁止令は、UNRWAが数千人の人々に対し食料や水、医療物資を確実に届けることができないということを意味する、と述べた。私たちはイスラエル当局に対し、ジェニン難民キャンプの包囲を解き、夜間外出禁止令を解除し、私たちのチームがキャンプの人々に必要な物資や支援を供給できるよう申し立てている、と彼は付け加えた。

Posted by: Raed Jarrar / 8:48 PM

-- original post: Third Anniversary of the Jenin Massacre, 03 April 2005

英国、イラク駐留軍を5,500人削減 (03 April 2005)



国防幹部は、イラク駐留英軍の規模を、今後12ヶ月のうちに、現在の9000人から3500人に削減する方針であることが本紙テレグラフの取材でわかった。これは段階的撤退の一部である。

えっと、あれって何て名前でしたっけ?
ああ、そうだそうだ、「連合 coalition」でした……。

Posted by: Raed Jarrar / 1:49 PM

-- original post: Britain to pull 5,500 troops out of Iraq, 03 April 2005

楽しいね! (03 April 2005)

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イラクにいる中で最大の私営の(米国の)セキュリティ会社のスタッフ宛のメモが囂々たる非難を巻き起こしている。そのメモには、人々を撃つことは「楽しい」とあった。英オブザーヴァー紙が見たEメールは、ブラックウォーター・セキュリティ社の社員が最近、「実際ある種の人間を撃つのは『楽しい』」と書かれたメッセージを送られていたことを、白日のもとにさらしている。

Posted by: Raed Jarrar / 1:29 PM

-- original post: Fun!, 03 April 2005

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アブ・グレイブ刑務所に襲撃、米兵44人が負傷 (03 April 2005)

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2台の自爆自動車爆弾の現場で、損傷を受けた軍用ヘルメットを持つイラク人男性。この自動車爆弾の後に、アブ・グレイブでの衝突が発生した。2005年4月3日


土曜日(2日)の午後7時(GMT午前3時)ごろ、40から60人の反乱者による、組織化されたものと思われる攻撃が(アブ・グレイブ刑務所に対して)あった。まず爆弾を積んだ自動車が2台爆発し、その後RPGや迫撃弾、小火器の銃撃が続いた。

この攻撃は、占領軍に対する1つの攻撃では「今日までで最大数の死傷者」を(またもや)出した。これは、占領イラクでの米軍に対するレジスタンスの攻撃の新たなトレンドを示しているように見える。

この大規模な攻撃は、しっかり要塞化された米軍の拠点に対してあまりない直接攻撃だった。またこれは、サダム・フセイン大統領が2年前に権力から引き摺り下ろされて以来の米軍に対する攻撃の中では、よく整えられたもののひとつでもある。

最初に彼らは1つの角を攻撃し、米軍にどこから来ているのかと考えさせ、それから別の角を攻撃した」と、拘束施設関連の問題の軍スポークスマンのGuy Rudisill中佐は述べた。「これはよくコーディネートされた攻撃でした。これまで我々が見なかったようなものです。

Posted by: Raed Jarrar / 1:11 PM

-- original post: Abu Ghraib Prison Attacked: 44 US soldiers Injured, 03 April 2005

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負傷したイラク人を殺した米兵に懲役なし (01 April 2005)



殺害された父親、カリム・アベド・アリさんの写真を抱える少年。米陸軍のRogelio Maynulet大尉(29歳)は、除隊処分となったが、軍事法廷陪審団はアベド・アリさんを撃った件について懲役は科さなかった、と軍スポークスマンは述べた。


負傷したイラク人を射殺したことで有罪となった米陸軍大尉は、金曜日(1日)に除隊処分となったが、懲役刑には服さない。

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アル=マルウィヤ、イラク各地と同じように悲しいことに (01 April 2005)


1日金曜日にサマラで爆発があり、そのために損傷を受けた螺旋状ミナレットの上に立つイラク人たち。9世紀に建造されたこのミナレットは、イラクで最もよく知られるランドマークのひとつ。


この歴史的なランドマークは、占領下で破壊された最初のものではないし、残念なことに、これが最後のものになることもないと僕は思う。アルジャジーラのアラビア語版のサイトには、このミナレットは米軍によってスナイパーの拠点として使われていたと書かれている。それが今日壊された。壊したのがイラクのレジスタンスであろうが米国の占領軍であろうが、どちらにしても、イラクにとって、イラク人にとって、アラブ人にとって、ムスリムにとって、また悲しい損失がひとつ増えたわけだ。

マルウィヤには何度も行ったことがある。そこから見るサマラの町は絶景。全体を写した画像がある。





Posted by: Raed Jarrar / 7:57 PM

-- original post: Al-Malwia, as Sad as the Rest of Iraq, 01 April 2005

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