http://secretsinbaghdad.blogspot.com/2005/07/i-found-myself.html
とても長いので,何回かに分けて投稿しています。
・その1
・その2
・その3……この記事
・その4
・その5
Saturday, July 30, 2005
2005年7月30日(土)
I found myself...
こんな状況でした
……前の記事(その2)の続き……
拘束されてから8日後,拘置所からやや遠いところにある法廷に送られ,判事と面会しました。法廷に到着すると,彼らは僕の足にも枷をつけ,手錠をされた手を腰につなぐ鎖をつけました。犯罪者扱いされて鎖をじゃらじゃらつけられて法廷に送られるなんて,と屈辱を感じました。涙が出ましたが数秒でおさまりました。誰にも気づかれないうちに気を取り直しました。
まず,法廷で働いている尋問官のところに連れて行かれました。尋問官は供述書が正確に理解されるように書き直しています。彼は,僕のケースでは法廷は公認弁護士をつけることになると言いました。それはどういう意味でしょうかと尋ねると,「いや何でもないです,ただの形式です」と彼は答えました。
彼は僕に,僕の「供述書」に署名するようにと言いました。それから安っぽい服を着た大柄でぽちゃっとした人を呼びました。この人は外から入ってきて僕の書類に署名しました。「弁護士・某」と。それからしばらく待って,僕はついに判事との面会に連れて行かれました。
判事は非常に上品な40代の男性で,エアコンの効いた部屋の豪華な机の向こうに座っていました。横にはパソコンが置かれていて,最新型の携帯電話もありました。部屋の外には警備員がいて,隣には秘書がいました。
最初は判事は僕を見ませんでした。判事は書類に目を通しながら僕に「事情の説明をしてください」と言いました。
「大学に学費を納めに行ったのですが……」と僕は答えました。
判事はいやそこはいいからという調子で「ウェブサイトですよ,ウェブサイトのことを話してください」と言いました。
「フォーラムです。ウェブサイトのオーナーが書いたトピックについて,人々が意見を交わす場です。僕はそこを訪問しましたが,自分の意見は投稿してもいません。サイトを閉じて,インターネットを閲覧できる場所を立ち去り,そしてここに連れてこられたのです。」
判事は僕の話を理解しているようでした。「チャットみたいなものですか?」と言いましたから。
「はい,判事。チャットルームというより通常のウェブサイトのようなものです。ただフォーラムの場合は,参加するのにログインする必要はありません。僕はただ単に,そのフォーラムがどうなっているのかを見ていただけです。僕にとっては,テレビのチャンネルを変えながら見ているみたいなものです。何をやっているかわからないけれどとりあえずあるチャンネルに合わせる。そのチャンネルがつまらなければ,別のチャンネルに変える。」
「まあそのへんはいいから」と判事は僕の言葉をさえぎりました。
判事は兄のウェブログのコメント欄を翻訳したものを37ページ分持っていました。それです,それが僕の容疑です。判事は僕に,「ここで単語と単語の間に奇妙な文字が入っていますね,これは何ですか?」と尋ねました。
「おそらくはプリントアウトをした人がフォントの選択を間違えたのではないでしょうか。言語と合わないエンコードを選択すると,こういう文字が出ます」と僕は答えました。
判事はコンピュータに精通しているというわけではなさそうでしたが,少なくとも,基本はわかっています。
判事は「では今日はお帰りください。書類は自宅に持ち帰って読みます。判断は明日下します」と言いました。
さっきのぽっちゃりさんが部屋に入ってきて,判事の正面のいすに座りました。このぽっちゃりさんが僕の「弁護士」ですが,一言も口にしなかった,ほんとに一言も言いませんでした。ただ彼が僕の弁護士であるという書類に署名しただけ。
それから拘置所に戻されました。これが水曜日の出来事。
木曜日。判事は僕は無罪との判断を下しました。判事は,プリントアウトされていたのは誰でも参加できるフォーラムであると理解し,また,僕が投稿したコメントもないことを確認しました。
その後,釈放されたのは土曜の朝でした。釈放の前に,強制的に書類に署名させられました――ひとつ,逮捕されている人々の家族に,彼らが逮捕されているということを伝えません。ひとつ,逮捕されている間に起きたことについては一切誰にも口外しません。また,拘置所の中で見たことについても一切誰にも口外しません。ひとつ,自分の知っている法律について,法を破る事例があればいかなるものでも当局に通報します(ここは笑いました。誰かが赤信号を無視して車を走らせてても通報するの?)。ひとつ,テロリズムのウェブサイトは訪問しません。
もちろん僕は,できるかぎりすべてのご家族に,息子さんはムハバラトに逮捕されて内務省の7階にいますと伝えました。そしてここでみなさんに,僕に何があったのかを洗いざらい話しています。またこれからも,自分の好きなだけ,興味のある間はずっと,ありとあらゆる種類のウェブサイトを訪問するつもりです。
……【その4に続く】
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