FC2ブログ

ritmj

http://raedinthemiddle.blogspot.com/の日本語化。コメント欄はなし、トラックバックはオープン。Raedへのメールは彼のウェブログからどうぞ。

収容されているイラク人の権利を求めるハリードのキャンペーン(31 July 2005)

http://raedinthemiddle.blogspot.com/2005/07/khalids-campaign-for-rights-of-iraqi.html




弟のハリードが自身のウェブログに本当に長い記事をアップしました。拘束された経験について書いたものです。【→日本語化済:ファイルは5つに分けてあります。その1その2その3その4その5
彼らは僕に尋ねました。「お前はロンドンの爆弾とどういう関係がある?」
「はぁぁぁぁ???!!」って感じですよ。
「ロンドンの爆弾???! 何もないです!」と答えました。

ガツン!!

首に重い手が下ろされましたが,僕の頭は考え事でいっぱいいっぱいで,痛みは感じませんでした。しばらくのあいだ,首がびりびりしていました。

「吐けぇっ」と男は言いました。

「こっちを向け」と怒鳴りました。

僕は向きを変え,壁ではなく部屋の方に向かいましたが,見えたのは自分の鼻と僕を尋問している人物の靴だけ。彼は至近距離に立っていました。

「お前,ひげを生やしているな。なぜだ?」と彼は訊きました。

「預言者が……」(預言者ムハンマドもひげを生やしていて,それがかっこいいと思うから……と言いたかったのですが最後まで言わないうちに)

バシン!!

彼は僕の顔に平手を食らわせました。とても大きな音がしたので,しばらくの間,部屋は何も物音がしなくなりました……。

「罰当たりめが(May the prophet curse you)」と彼は怒鳴りました。


弟は今では安全です。けれども彼は,イラク国内各地の拘置所や刑務所にいる数千という数のイラク人のことを忘れていない……

でも問題があります――ほかのイラク人たちはどうだろうか,という問題が。あのような場所を出るためのお金も力もない人たちは? 家族や友人知人から引き離され,やってもいない犯罪で告発されている無実の人たちは? 彼らのために立ち上がるのは誰なのか? 人権はどうなっているのか? 市民権(公民権)は? 人道は?

拘置所にいた人たちのことを,こういった事例のサンプルとして,数例書きます。この人たちやその他拘束されているイラク人たちが,安全に家に戻ることを願っています。そして,家族とともに,米国政府やイラク当局に対し,イラク人の拘束という状況を改善するよう要請する取り組みをしていきます。自分の居場所について家族に知らせる権利はあって当然だし,拘束されたら速やかに,尋問や拷問を受けずに,判事の前に出る権利があって当然だし,法廷では本物の弁護士についてもらうのが当然です。少なくとも,自身の嫌疑は知らされて当然です。


ハリードのキャンペーンの要点は次の3点。
1)拘束された人は,自分がどこにいるのかを家族に知らせる権利を有するべきである。
2)拘束された人は,拷問されたりはずかしめられたりすることなく,拘束されてから48時間以内に,判事の前に出る権利を有するべきである。
3)拘束された人は,法廷において,本物の弁護士を立てる権利を有するべきである。

僕としては,連絡を取るのに適した人たちを探し,その人たちの連絡先などの情報を,次の投稿で書くようにしたいと思います。何かアイディアがある方は,コメント欄に投稿してください。よろしくお願いします。

Posted By Raed Jarrar at 1:01 AM


※最後の「コメント欄」のリンク先は,Raed blogのコメント欄です。コメント欄は……ええと,600件を超えています。 【“収容されているイラク人の権利を求めるハリードのキャンペーン(31 July 2005)”の続きを読む】
スポンサーサイト



Faiza blog,7月31日

一家のお母さん,Faizaさんのウェブログより,7月31日の記事を。

その前の7月25日の記事が,「ハリドが救出されるまで」blog(運営はリバーベンドプロジェクトさん)に掲載されています。この記事の「続きを読む」のところで転記させていただきます。

http://afamilyinbaghdad.blogspot.com/2005_07_31...

Sunday, July 31, 2005
2005年7月31日(日)

こんばんは。

私たち家族はここアンマンで,親族や友人たちとともに,元気でやっています。ここでは,安全と平穏のある生活がいかにすばらしいものであるかを感じることができます。

2晩前,就寝したときの私の気持ちは重く暗いものでした。私は心の中で神に語りかけました――この世をコントロールしているのは,神よ,あなたの御意思です。私の意思ではありません。私はかよわい1人の人間に過ぎません。私の方があなたよりもよく理解しているなどとは申しません。ただ,私は混乱しているのです。人間同士が互いに抑圧しあうことの意味がわからないのです。お金と権力があるからなのでしょうか?

サダム・フセイン政権が倒れたとき,私たちの誰もが嬉しかった。イラクでの悪い行いがこれで終わる,イラク人への虐待や拷問がこれで終わるのだとと考えた。闇の時代の終わりだと……イラクの歴史の新しい時代の始まりだと考えたのです。

けれども2年以上が経ち,今もまだイラクは,昔と同じ醜い行いに苦しんでいる。悲しいことです。何一つ変わっていない。やっている人物の名前や顔は変わっているかもしれません,しかしメンタリティは同じです

戦争後,私たちはこう言いました――イラクにくるのはアメリカだ,アメリカは私たちの新しいリーダーに,人権を尊重する方法を教えるだろう,そして私たちの国で民主主義を確立する方法も教えるだろう……自由と民主主義とはどのようなものなのだろう,待ちきれない!

けれども2年以上が経過した現在,私たちは押さえつけられ,イラク国内の恐ろしい生活から逃げ出してしまいました。そしてまだ,いつか私たちの国で自由と民主主義を達成することが本当にできるのだと夢見ている。

本物の自由と民主主義が……偽物ではなく。

そして,私たちが欲する変化を起こすために,私たちはみなで協力できると信じています。個々人の夢や行動ではなく,多くの人が集まった形で,それは為されねばならない……。

そして神は見守っておられる,私たちが行動を起こすのをじっと。

そして最後の審判の日に,神はみなにこう問われることでしょう――地球上の押さえつけられた人々のために,あなたは何をしましたか? 地球上で正義と平和を達成するために,あなたは何をしましたか?

これが私たちのすべきこと……

地上に平和を成すために,神が天使をお遣わしくださることはない。それは私たちのすべきことなのです。

イラクのこと,イラクの人々のことを思うと悲しくてなりません。けれども私はまだ,この狂気を止めるために私たちみながともに協力することができるという希望を抱いています。

読んだ雑誌に書かれていました――意思のあるところ,道あり(where there is a will, there is a way)。

faiza

# posted by faiza @ 10:24 PM
【“Faiza blog,7月31日”の続きを読む】