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マーラ・ルジカがバグダードで殺された (17 April 2005)

marla.jpg

深夜12時を過ぎてから、米国からの電話を受けました。昨日、マーラ・ルジカがバグダードで殺されたとのことでした。その後、友人のジャスティン・アレクサンダー(在バグダード)からメールがありました。


マーラの友人のみなさん、同じ仕事をしていたみなさん

バグダードの時間で午後3時から6時の間に、マーラは自動車の衝突で亡くなりました。今、僕の手元にある情報はわずかしかないのですが、自己はバグダードのエアポート・ロードで起きたらしいです。彼女は爆弾で怪我をしたイラク人の子どものところに行く途中でした。彼女のいつもの、この紛争で犠牲となった直接は関係のない人たちをどこの誰であると特定し、サポートする日々の仕事の一環として。

この件には米軍の車列が関係していたのですが、現段階ではどういうかたちで関係していたのかははっきりわかりません。

彼女の同僚のファイーズについては、居場所も健康状態もまったく情報がありません。彼はマーラと一緒に車に乗っていたと僕は思います。

マーラが追悼されること、彼女の仕事が続けられることが重要です。短期的には、マーラの友人たちで、マーラが支援しようとしていたイラク人たちを特定し、助けることができるようにと思ってます。

[...]

マーラは、紛争とは関係がないのに犠牲となった何百万という犠牲者の一人です。けれども、この2年彼女のやってきたことは、「コラテラル・ダメージ」として忘れられることの多い人たちに光を当て、彼らを助けるということでは、他に例のないインパクトを持っていたと、僕は思います。


マーラと僕は、CIVICでのイラクの調査プロジェクトで組んでいました。上に貼り付けた写真は、1年前にナシリヤで誰かが撮影したもの。僕が写っている背景にマーラが写っています。このときの作業の結果をまとめたものは、http://civilians.infoにアップしてあります。

Posted by: Raed Jarrar / 10:15 AM

-- original post: Marla Ruzicka Killed in Baghdad, 17 April 2004 【“マーラ・ルジカがバグダードで殺された (17 April 2005)”の続きを読む】
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*翻訳者より* Marla Ruzicka (1976 - 2005)

マーラ・ルジカ死亡の第一報を伝えた在バグダード英国人のウェブログの記述を、日本語にしてあります。死亡の報を知って数日になりますが、今回日本語にする作業を経て、ようやくショック状態になってきました……面識はないし直接やり取りをしたこともないけれども、彼女の死の報は、あまりのことに、どこか余所で起きたまったく関係のないことのように、無感覚に感じていました。

flowers for her
For the one who stood out among all of "us".
For the one who did all the things she was able to do in this difficult time.
For the one who really made a difference.

I still can't believe this. I'm too upset to cry, even after a couple of days.

- nofrills

支援物資第3回目を発送、支援計画第一段階終了(14 April 2005)

「支援キャンペーン:イラクの民間人被害者への緊急援助」の第一段階(→日本語での詳細説明)の終了を、本日宣言します。

僕の家族と僕がこのキャンペーンを始めたのは、5ヶ月以上前でした。

一番下の弟のマジードが資金集めの総責任者をし、すべての寄付金はマジードのPaypalアカウントか彼の住所、あるいは僕の銀行口座に送られました。

母と、もう一人の弟のハリードがイラク国内での支援物資の配送を担当しました。

ニキと僕とで、マジードから送金されたお金の受け取りと薬品の調達、ならびに調達した薬品のバグダードへの移送を行いました。

イラクからの僕の友人であるラーナとラファトも参加しました。ラーナはイラクの登録NGOをやっていて、第一回の発送で手伝ってくれました。

アンマンにいる僕のおばは薬剤師ですが、そのおばが第二回の発送で薬品の購入と移送に力を貸してくれました。

イラクの登録NGOである「イラクのための医師たち(Doctors for Iraq)」のメンバーのひとり、ドクター・サラームが、第三回の発送とそのイラク国内での分配に力を貸してくれています。

第一回発送分は、ファルージャ近郊のアル=ガルマという町に送られました。第二回発送分と第三回発送分は、今週配送されます。

(あちらから受け取り次第、さらにまた写真や書類を追加してウェブにアップします。)
寄付金の総額は、米ドルで18,343ドルでした。これまでに17,783ドルを使いましたが、まだ560ドル余っており、これは第二段階に繰り越します。

17,783ドルのうち、二次的費用(税金、罰金、輸送費、両替手数料、送金手数料)として使われたのは5パーセントで、95パーセントは、包囲され爆撃されたイラクの都市や町の市民たちのために非常に重要な薬品類を買うために使われました。

ウェブログの右側につけてあるボタンをクリックして、ご寄付を送金していただくことができます。5ドルとかそれ未満の送金でも大変にありがたいことです。1セント1セントが重要なのです。

下に今回ご寄付くださった方のイニシャルと送金額をリストにしておきます。ご自分のお名前が見当たらないという場合には、ウェブログのコメント欄ではなく僕までメールをください(コメント欄は読んでないので)。
【“支援物資第3回目を発送、支援計画第一段階終了(14 April 2005)”の続きを読む】

数十万人のイラク人が「出て行け」と (10 April 2005)



「出て行け」「私たちの国から撤退せよ」と書かれた旗を持ち、土曜早く、人々が街を練り歩き、首都全域で道路を埋め、交通渋滞を引き起こした。抗議者のほとんどはバグダードのスラムであるサドルシティから来ていたが、クットやアマラ、バクバといったほかの都市からバスに乗ってやってきた抗議者も多かった。ある推計では抗議デモ参加者の数は30万という。


※別の記事:
バグダードのデモ参加者のほとんどは、若い宗教指導者ムクタダ・アル=サドルに忠実なシーア派であった。しかしアメリカ軍の駐留に終止符を打つことを求めるコーディネートされた抗議行動は、ラマディやバイジといったスンニ派の強い地域でも行なわれた。


スンニ派、シーア派が、占領を終えるよう要求して行進した。

Posted by: Raed Jarrar / 10:36 PM

-- original post: Hundreds of Thousands of Iraqis Said "GO OUT", 10 April 2005

ヨルダン、イラク陥落の日の抗議行動を禁止(08 April 2005)



政治活動家らは、ヨルダン当局が、米国のイラク侵略と占領の2周年のデモを禁止したと述べた。

アンマン市長のアブドゥル・カリム・アル=マラーマ(Abdul Karim al-Malahma)は、14の反対党が、バグダードが米国主導の軍に陥落した日である4月9日に大規模なデモを行なうとアナウンスした後、彼らの申請を却下した。


Posted by: Raed Jarrar / 8:34 PM

-- original post: Jordan Bans Protests Marking Fall of Iraq, 08 April 2005

アフガニスタンで米兵と契約業者計20名が死亡(07 April 2005)



米兵13名、契約業者3名とその他の2名が、アフガニスタンでのヘリコプター墜落で死亡した。

アフガンで地雷が爆発 米兵4人巻き込まれる

米国の占領軍が私たちの国から出て行くのはいつだ?

Posted by: Raed Jarrar / 7:49 PM

-- original post: 20 US soldiers and Contractors Dead in Afghanistan, 07 April 2005

ソウル、イラクから部分的な撤退の計画(07 April 2005)



韓国が8月までに300人近くの兵員をイラクから撤退させることを計画していると、韓国の国防省が今日アナウンスした。イラク北部のクルド人地域での治安が向上しているため今回の動きが可能となったとしている。

同省は、イラク駐留韓国軍の兵員を270名削減して3270名にする予定であると述べた。しかし、韓国メディアがクルド人自治区内の都市アービルから既に500人を撤退させていると報じている件については否定した。

Posted by: Raed Jarrar / 12:17 PM

-- original post: Seoul Plans Partial Iraq Withdrawal, 07 April 2005

米国&英国、否定の季節(06 April 2005)



イラクで慢性的な食料不足と栄養失調に直面している子どもの数が増加しているとの報について、米英の当局者が否定している。国連の飢餓の専門家であるジャン・ジーグラー氏によって出された先週の報告書では、連合軍が主導した戦争のために、イラクの状況が悪化しているのだと非難している。

ケヴィン・モーレー米国連大使は、ジーグラー氏の発見を一蹴した。「第一に、ジーグラー氏はイラクに行ったことがない。第二に、彼は間違っている」と同大使は述べた。


わはははは!! 違う違う、あいつは間違ってる、僕が正しい、だって僕がそう言ったんだもん……。

どうにも手の施しようのないことになってやがる……。

この1日前には、別の国連報告書が出てる。こちらでは、米国がアラブのデモクラシーを妨害していると非難されているわけで……。

国連開発計画によって、「アラブの人的開発報告書(The Arab Human Development Report)」が出された。予定より6ヶ月遅れたが、その期間、ブッシュ政権はその報告書を妨害しようとしていた。しかしながら、報告書作成者によれば、報告書は初期の草稿と比べて大きな変更となった箇所はほとんどないようである。

ブッシュ政権は、初期の草稿における、パレスチナの領土に対するイスラエルのコントロールと、米国によるイラクの占領は、アラブの人的開発を阻害するために貢献したのみである、とする文言に反対していた。この報告書はまた、アメリカによるイラク侵略の1つの結果は、「イラクの人々は、基本的権利と自由を踏みにじったディストピア的政権の手から出たが、その結果は、人間としての苦しみを増加させた外国の占領のもとに落ちただけだった」とも述べている。

報じられたところによると、ブッシュ政権は、そのような文言が報告書のテクストから除去されないのであれば、開発計画への資金を減らすと脅した。開発計画では私営企業を通じて報告書を発表すること、ないしは報告書の著者の名前で発表することを検討した。最終的には開発計画は自身の名前でこの報告書を発表したが、前書きには注意書きが添えられている。


政治的に正しい答えを僕は知ってます。第一に、国連の人たちはイラクやパレスチナに行ってないから、イラクやパレスチナの自由を見たことがない。第二に、何にせよ彼らは間違ってる。

第三に、資金をカットだ
Posted by: Raed Jarrar / 10:18 AM

-- original post: US and UK in Denial Phase, 06 April 2005 【“米国&英国、否定の季節(06 April 2005)”の続きを読む】

50人殺した!でかしたぞ!(06 April 2005)

smith_bio.jpg

2005年4月4日のホワイトハウスでのセレモニーにおいて、ポール・レイ・スミス軍曹(=ファースト・クラス・サージェント)(Sgt. 1st Class Paul Ray Smith)が、死後、名誉勲章を受けることになった。the White House Presentationが出たあとに、公的な文面が入手可能となる。


これが冗談だと思われた場合には、下記をどうぞ。


昨日、ブッシュ大統領は、陸軍軍曹(=サージェント・ファースト・クラス)のポール・レイ・スミスに名誉勲章を授けた。この兵士がひとりで(single-handedly)50人ものイラク人反乱者を殺し、100人以上のアメリカ人の命を救ってから、この日はちょうど2年にあたる。


彼は100人の「アメリカ人」の命を救った!
彼は50人のイラク人反乱者を殺した! 腕一本で!
ばかげたハリウッド映画みたいに聞こえるけど、待って、もっとよくなるから……

2年前の今日、スミス軍曹は仲間たちのために全力を捧げつくしました」と大統領は述べた。「その5日後、バグダードは陥落し、イラクの人々は解放されました。そして今日、私たちはここに、テロとの戦争における最初の名誉勲章を、スミス軍曹に捧げます」とブッシュ大統領はイースト・ルームでのセレモニーで述べた。


へへへへへ!
誰かブッシュ氏とワシントンタイムズ紙に言ってやってくれないか。バグダードの陥落前にはイラク人のことを「反乱者」とは呼んでなかっただろうって。

でもまあ別にどうってことないけどね。どうせイラク人はイラク人、「アメリカ人」でない以上はどうだっていいじゃん、みたいな。

ところで、似てるような気がするのは僕だけでしょうか、それともあなたもそう思いますか……。

【“50人殺した!でかしたぞ!(06 April 2005)”の続きを読む】

アブデル・マハディ、アル=ヤワル、そしてタラバニ (05 April 2005)


*訳注:写真は左から、タラバニ、アル=ヤワル、マハディの各氏。

イラクからのニュースによると、明日タラバニが大統領に選ばれるらしい。副大統領はアディル・アブデル=マハディとガジ・アル=ヤワル。

ジャラル・タラバニ(JALAL TALABANI):スンニ派クルド人で、北部の大きなクルド2政党のうちのひとつ、クルディスタン愛国同盟(Patriotic Union of Kurdistan)のリーダー。1934年生まれ。10代のときにクルディスタン民主党(Kurdistan Democratic Party)に加わり、1975年にPUKを設立。タラバニとKDP党首のマスード・バルザニは、選挙では連合を組んで「クルディッシュ連合のリスト」として立候補した。

ガジ・アル=ヤワル(GHAZI AL-YAWER):シーア派のクランも含み、ペルシャ湾地方で最大の部族であるシャンマー族(Shammar tribe)の勢力のあるスンニ派メンバー。モスル生まれの土木技術者で、45歳。サウジアラビアと米国のジョージワシントン大学に学んだ。イラク人の党(Iraqis Party)を率いている。

アディル・アブデル=マハディ(ADIL ABDUL-MAHDI):イラクの元財務大臣で、シーア派のSCIRIの主導的政治家。1942年生まれ。王政時代のイラクの閣僚であった人望のあついシーア派聖職者の息子で、フランスで教育を受けている。United Iraqi Allianceで立候補した。

首相についてはまだ何も聞きません。

Posted by: Raed Jarrar / 10:39 PM

-- original post: Abdel-Mahdi, Al-Yawar, and Talbani, 04 April 2005
【“アブデル・マハディ、アル=ヤワル、そしてタラバニ (05 April 2005)”の続きを読む】

ブッカ刑務所で暴動:嘘つきはだ~れ、再び (04 April 2005)


イラクの刑務所の門の鍵。イラク南部に位置する米国が運営する収容キャンプの囚人たちが、4月1日に暴動を起こした。米軍はこの件を否定していたが、国際赤十字委員会がこれを事実と確認した。

4月1日にキャンプ・ブッカで暴動が発生した。国際赤十字委員会の代表団が、当日、定例の囚人訪問で現場に居合わせており、現在詳しい状況を確認中である」と、国際赤十字委員会のバグダード代表団のチーフであるクリストフ・ベネイ氏は述べた。

これより先に、……な聖職者であるムクタダ・サドル師の運動の代表者が、キャンプ・ブッカでは金曜日に被拘束者の一部が暴動を起こしたことを明らかにしていた。暴動を起こした被拘束者のうちのひとりが、医学的手当てを受けることを拒まれていた。

サドル師の運動の代表者は、米兵はゴム弾を使って暴動を抑え、人数ははっきりしないが、被収容者を負傷させたとして厳しく非難した。


しかし米軍がそれについて訊かれると……。
サドル師の運動の説明についての質問を受け、イラクにおける米国運営の収容施設のスポークスマンであるガイ・ラディシル中佐は、そのような出来事すなわち暴動があったとはまったく知らないと答えた。

囚人の虐待の報告は一切ありませんし」と同中佐はAFPに語った。「そのようなことはそこでは一切起きていませんが。医学的ケアを受けられない人も誰もいませんが。


ところで、こんな薄汚い拷問の巣窟がどうしてブッカという名前なのかということですけど……

米軍は、2001年9月11日のニューヨークのWTCへの攻撃で死亡した消防士にちなんで名づけられたキャンプ・ブッカを、拡張拡充し、アブ・グレイブに収容されている者を含め、最も重い違法行為者を収容する長期収容施設にしたいという思惑がある。


ブッカさんが気の毒だ。過激派に殺されて、死後名前を過激派犯罪者に利用されるなんて。
Posted by: Raed Jarrar / 10:50 PM

-- original post: Riots in Bucca Prison: Guess Who's Lying, Again, 04 April 2005

平和のためのゴミ (04 April 2005)



イスラエルの私営企業が大量のゴミを、パレスチナの土地である西岸に運んで棄てる計画をしている、と、月曜日(4日)にイスラエルの日刊紙ハアレツが報じた。

この廃棄物業者は、毎月およそ1万トンのゴミをイスラエルの中心部、ダンおよびシャロン地方から、西岸で最も大きな採石場であった旧名アブ・シューシャ(Abu Shusha)に運んで棄てる計画である、と記事は述べている。
イスラエル政府はまだこの計画を承認していない。

この採石場はケドゥニム入植地とパレスチナ管理下のナブルスの間に位置しており、専門家は、ここにゴミを投棄することはパレスチナの水資源を汚染することになると警告している。


パレスチナ人を殺せ、奴らの土地を奪え、水に毒を入れろ、そうすればブッシュたんから平和賞がもらえるよ。

Posted by: Raed Jarrar / 10:35 PM

-- original post: Garbage For Peace, 04 April 2005
【“平和のためのゴミ (04 April 2005)”の続きを読む】

ジェニンの殺戮から3年 (03 April 2005)



2002年3月29日から4月13日の西岸地区パレスチナの領土内におけるイスラエル軍の残忍極まりない作戦で、イスラエル占領軍は数百人のパレスチナ人を殺す殺戮を行なった。当初、死者数は男女子ども合わせて500を超えていると推定されていた。



UNRWAは、イスラエル当局の妨害によりレスキューチームがキャンプに入れず、そのため人々を瓦礫の下から救出することができなかった、と宣言している。ジェニン難民キャンプの人々は、家屋の瓦礫の下から助けを求める声を聞いたが、助けることができなかったと言っている。情報筋によると、イスラエル軍はこのキャンプを瓦礫の山にしてしまったという。また、UNRWAはイスラエル軍に対し、キャンプ内に入って瓦礫の下でまだ生存している7名を助ける許可をと強く要請した。ジェニン難民キャンプでのUNRWAの活動の責任者であるリチャード・クックは、イスラエル軍が出した夜間外出禁止令は、UNRWAが数千人の人々に対し食料や水、医療物資を確実に届けることができないということを意味する、と述べた。私たちはイスラエル当局に対し、ジェニン難民キャンプの包囲を解き、夜間外出禁止令を解除し、私たちのチームがキャンプの人々に必要な物資や支援を供給できるよう申し立てている、と彼は付け加えた。

Posted by: Raed Jarrar / 8:48 PM

-- original post: Third Anniversary of the Jenin Massacre, 03 April 2005

英国、イラク駐留軍を5,500人削減 (03 April 2005)



国防幹部は、イラク駐留英軍の規模を、今後12ヶ月のうちに、現在の9000人から3500人に削減する方針であることが本紙テレグラフの取材でわかった。これは段階的撤退の一部である。

えっと、あれって何て名前でしたっけ?
ああ、そうだそうだ、「連合 coalition」でした……。

Posted by: Raed Jarrar / 1:49 PM

-- original post: Britain to pull 5,500 troops out of Iraq, 03 April 2005

楽しいね! (03 April 2005)

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イラクにいる中で最大の私営の(米国の)セキュリティ会社のスタッフ宛のメモが囂々たる非難を巻き起こしている。そのメモには、人々を撃つことは「楽しい」とあった。英オブザーヴァー紙が見たEメールは、ブラックウォーター・セキュリティ社の社員が最近、「実際ある種の人間を撃つのは『楽しい』」と書かれたメッセージを送られていたことを、白日のもとにさらしている。

Posted by: Raed Jarrar / 1:29 PM

-- original post: Fun!, 03 April 2005

【“楽しいね! (03 April 2005)”の続きを読む】

アブ・グレイブ刑務所に襲撃、米兵44人が負傷 (03 April 2005)

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2台の自爆自動車爆弾の現場で、損傷を受けた軍用ヘルメットを持つイラク人男性。この自動車爆弾の後に、アブ・グレイブでの衝突が発生した。2005年4月3日


土曜日(2日)の午後7時(GMT午前3時)ごろ、40から60人の反乱者による、組織化されたものと思われる攻撃が(アブ・グレイブ刑務所に対して)あった。まず爆弾を積んだ自動車が2台爆発し、その後RPGや迫撃弾、小火器の銃撃が続いた。

この攻撃は、占領軍に対する1つの攻撃では「今日までで最大数の死傷者」を(またもや)出した。これは、占領イラクでの米軍に対するレジスタンスの攻撃の新たなトレンドを示しているように見える。

この大規模な攻撃は、しっかり要塞化された米軍の拠点に対してあまりない直接攻撃だった。またこれは、サダム・フセイン大統領が2年前に権力から引き摺り下ろされて以来の米軍に対する攻撃の中では、よく整えられたもののひとつでもある。

最初に彼らは1つの角を攻撃し、米軍にどこから来ているのかと考えさせ、それから別の角を攻撃した」と、拘束施設関連の問題の軍スポークスマンのGuy Rudisill中佐は述べた。「これはよくコーディネートされた攻撃でした。これまで我々が見なかったようなものです。

Posted by: Raed Jarrar / 1:11 PM

-- original post: Abu Ghraib Prison Attacked: 44 US soldiers Injured, 03 April 2005

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負傷したイラク人を殺した米兵に懲役なし (01 April 2005)



殺害された父親、カリム・アベド・アリさんの写真を抱える少年。米陸軍のRogelio Maynulet大尉(29歳)は、除隊処分となったが、軍事法廷陪審団はアベド・アリさんを撃った件について懲役は科さなかった、と軍スポークスマンは述べた。


負傷したイラク人を射殺したことで有罪となった米陸軍大尉は、金曜日(1日)に除隊処分となったが、懲役刑には服さない。

【“負傷したイラク人を殺した米兵に懲役なし (01 April 2005)”の続きを読む】

アル=マルウィヤ、イラク各地と同じように悲しいことに (01 April 2005)


1日金曜日にサマラで爆発があり、そのために損傷を受けた螺旋状ミナレットの上に立つイラク人たち。9世紀に建造されたこのミナレットは、イラクで最もよく知られるランドマークのひとつ。


この歴史的なランドマークは、占領下で破壊された最初のものではないし、残念なことに、これが最後のものになることもないと僕は思う。アルジャジーラのアラビア語版のサイトには、このミナレットは米軍によってスナイパーの拠点として使われていたと書かれている。それが今日壊された。壊したのがイラクのレジスタンスであろうが米国の占領軍であろうが、どちらにしても、イラクにとって、イラク人にとって、アラブ人にとって、ムスリムにとって、また悲しい損失がひとつ増えたわけだ。

マルウィヤには何度も行ったことがある。そこから見るサマラの町は絶景。全体を写した画像がある。





Posted by: Raed Jarrar / 7:57 PM

-- original post: Al-Malwia, as Sad as the Rest of Iraq, 01 April 2005

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医療支援第2回発送分 第1段階完了のお知らせ (01 April 2005)

医療支援の件ですが、数日前、バグダードにいる弟のハリードに、第2回発送分の第1段階の荷物を送りました。病院に届き次第、写真を追加します。あと、最終的な会計報告もじきに出します。現在鋭意作業中です。

Posted by: Raed Jarrar / 1:21 AM
-- original post: Batch Two, Phase One, 01 April 2005

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「新生」イラクで飢える子どもの数が増加 (01 April 2005)



国連の栄養失調の専門家によれば、イラクにおいて、5歳以下の子どものうち、極めて深刻な栄養失調状態にある子どもの割合が、2003年初めから2004年終わりにかけて、ほぼ2倍になっている。ジャン・ジーグラー氏の話では、2004年に飢餓状態となったイラクの5歳以下の子どもたちの割合は7.7パーセント。米国主導の軍隊が2003年4月にサダム・フセインを追放した直後の数ヶ月では、その数値は4パーセントだった。

ジーグラー氏はまた、先に行なわれたイラクでの健康状態調査の要約で、国連人権委員会に対し、全体で4分の1を超える子どもたちが十分な食料を得られずにいると語っている。同氏は子どもの間で栄養失調が増加しているのは、「連合軍が主導した戦争の結果」であると述べている。


この報告書は、食料や水、下水設備などのインフラ設備を、ファルージャをはじめとする都市の市民に対する武器として利用しているとして、米軍を非難している。

Posted by: Raed Jarrar / 12:16 AM
-- original post: Increasing Numbers of Children Starving in "New" Iraq, 01 April 2004

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